英文財務諸表

財務諸表翻訳戦記 AI対人間

2018.06.15|英文財務諸表

有価証券報告書英訳の依頼を受ける

先日、村上春樹さんと柴田元幸さんの「翻訳夜話2 サリンジャー戦記」を読んでいたところ、偶然にもマカロニアンドマネジメント株式会社の平田社長からお声をかけていただき、日本語の財務諸表を英語にするお仕事をお引受けすることになりました。平田社長は人工知能(AI)に造詣が深く、会社としてもAIを活用した翻訳や経営データ分析を手掛けていらっしゃることは以前から知っておりました。今回は、AIが翻訳したものをベースに人間が手直しをして最終成果物に仕上げるということで、表題の「AI対人間」というのは実は「AIと人間の共同作業」と言うべきところなのでした。 因みに写真に登場しているのは「あい(Ai)」という名前のパピヨンです。

クライアントとの初顔合わせ

クライアントは日本の一部上場企業で、素晴らしい眺望のオフィスでご担当の部長様と次長様からお話をうかがいました。英語版決算書は日本の会計基準に準拠して作成していて、主として海外子会社の税務申告書添付資料として使うためのもので、会社としては内容的にも英語の面でも特段のこだわりはない。ただし監査法人による英文監査報告書も添付されているため監査法人のレビューに耐えうるものにしなければならない。英語が得意なスタッフを確保するほどは通常業務で英語の必要性がなく、これまでは経理部内で苦労しながら作業を行ったり、税理士に翻訳を依頼したりしていたが、時間がかかるうえに、英文が正しいのか自信が持てなかった、というご説明をいただきました。

事前に昨年の英文財務諸表と日本語の有価証券報告書を対比してみてところ、パラグラフによって英語の洗練度にばらつきがあり、同じ日本語を違う英語の単語に訳している場合もありました。また、日本語版にはあるが英語版にはない部分や、逆に日本語版にはないが英語版にある部分もあったり、英語版にする際に数字の組替を行っているケースも見受けられました。さらに百万円未満の数字については日本語版は切捨てなのに、英語版は四捨五入に変更するなど、かなり時間がかかっているという印象でした。会社としては監査法人の承認が得られればなるべく作業を簡素化したいとのご意向をお持ちでした。

この英文財務諸表の利用者は非常に限られており、継続性に関してはある程度柔軟に考えることができるものと思われました。日本語の財務諸表が日本の会計基準に則っていることについては監査法人が適正意見を表明しているので、基本的なご提案の方向としては、英語版への変換作業の内、翻訳以外の部分を最小限にして工数をできる限り削減することが眼目となるものと判断しました。そのために予想される変更点について監査法人の感触を事前に把握しておけば後々スムーズに進めることができると考え、クライアントに監査法人の担当チームとの面談をアレンジしていただくことにしました。

 

監査法人のとの打合せ

監査法人のマネージャーとアシスタントマネージャーが出席した打合わせではいくつか重要なことが確認できました。主なポイントは(1)表示の継続性はそれ程気にしていない、(2)百万円未満は日本語版と同様切捨てで差し支えない、(3)同じ日本語には同じ英語を対応させて欲しい、(4)英語のチェックは別の担当者が行う、等です。英語担当者が監査チームとは別に存在することは少し引っ掛かりましたが、昨年の開示方法からかなり変更しても問題視される可能性は高くないと思われました。 

クライアントのオフィスで作業開始、いよいよAI登場

予定の日の朝からクライアントの絶景オフィスに再びお邪魔して、ご担当の方の隣のデスクをお借りして翻訳作業を開始しました。昨年度の英文財務諸表のワードのファイルをもとに、今年度の有価証券報告書と照らし合わせながら、不要な部分を削り、新たに加えられた部分を日本語(!)で挿入していきました。用語の統一や表示の簡素化に留意しながら、日本語版と英語版の開示内容・方法の食い違いをなるべく解消させ、基本的に日本語版に合わせるようにしましたが、万が一監査法人から指摘された場合にも簡単に元に戻せるようにしておきました。

新たに加えられた部分をあえて日本語で挿入したのは、日英混合状態のファイルを平田社長にお送りしてAI翻訳を行ってもらうためで、オンサイト作業初日の夕方にお送りして興味津々で結果を待っていたところ、翌朝にファイルが返送されてきました。出来栄えは下訳としては十分使えるもので、テクニカル・タームも上手くこなしており、「なかなかやるな」といった感じでした。今の段階ではまだ人間が手を加えて文章を整える必要はありますが、当然学習能力の高さは人間とは比較にならないため、サリンジャー等の文学作品はさておき、財務諸表翻訳のようなジャンルではいずれは人間が介在しなくても良くなる日が来るかも知れません。

その後AI翻訳の結果をもとにさらに作業をすすめ、期日通りに成果物をクライアントにお渡しすることができました。当初設定した目的に沿って思い切って開示内容・方法を変更した結果、英文財務諸表作成作業の負荷が来期以降も相当減らせるようになり、クライアントにもご満足いただけたことと思います。

戦いすんで…

 クライアントのご担当者も部長様も大変柔軟なお考えをお持ちの方たちで、色々なご提案にすぐご対応いただき仕事はやりやすく、かえって楽しい時間を過ごさせていただきました。

外資系企業を何社か経験して、英語で財務会計業務が十分できるスタッフというのは案外少なく、通常の会計業務や財務諸表作成に関しては処理能力が高い人でも、「英語」というだけで作業効率が低下してしまう場合を何度も見てきました。そういう時も、業務内容の交通整理を行って「日本語から英語」、「英語から日本語」の変換の仕組みを工夫すれば効率が格段に上がる場合が多いと実感しています。今回はそういった仕組み作りのお手伝いもでき、AI活用の現場にも立ち会えて良い経験をすることができました。是非また機会を見つけてAI翻訳の進化を確かめてみたいと期待しているところであります。

 

 

 

 

 

 


2018.06.15|英文財務諸表